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【タリーズコーヒー】松田公太のまとめ。経歴、資産、家族、現在。

フッキ
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元タリーズ創業者である松田公太氏についてをまとめました!

エッグスンシングス日本法人代表でかつ元参議院議員、さらに現在みんなの党広報委員長でもあります。

現在もコロナ下において外食企業を守るため、精力的な活動を行っています。

そんな松田氏の経歴、資産、家族、現在についてをまとめました。

松田公太の経歴

海外経験も豊富な稀有な経歴の持ち主です。

1968年 宮城県塩竈市に生まれる
1973年 転勤でセネガルのダカールに移住
1978年 帰国
1979年 アメリカに移住、高校卒業まで過ごす
1986年 筑波大学国際関係学類に入学
1990年 筑波大学国際関係学類を卒業
     三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行
1995年 シアトルでタリーズと交渉、日本での経営権を獲得
1996年 三和銀行を退社
1997年 タリーズコーヒーを銀座にオープン
1998年 タリーズコーヒージャパン株式会社設立
2001年 ナスダック・ジャパン(現・新JASDAQ)に株式上場。
2002年 タリーズコーヒー100号店をオープン
2004年 MBOにより非上場化
2006年 伊藤園に過半数の株式を売却
2007年 タリーズコーヒージャパン株式会社社長を退任
2009年 EGGS ‘N THINGS JAPAN株式会社を設立
2010年 エッグスンシングス日本1号店を原宿にオープン
     参議院議員初当選
2016年 政界を引退

松田公太の幼少期~青年期

宮城県塩竈市にて生まれ、幼少期は東京で過ごしました。

5歳の時、水産会社の父の転勤のためダカールへ。

地元では消費されない「うに」の輸出をしてましたが、回りから文化の違いから白い目で見られ悔しさを感じました。

小学4年生の時帰国、1年後アメリカ・マサチューセッツ州に転勤し高校卒業まで移住。

ここでも、「生の魚」を食べることで野蛮人扱いされ落ち込み、さらに付き合った彼女の親が会ってくれないという人種差別まで受けることに。

一方、アニメや漫画は大いに興味をもたれ、それらの結果、日本人であるというアイデンティティが強くなり、日本の素晴らしさを伝えたいという使命感が芽生えることになりました。

大学入学時に帰国。アメフトに打ち込む日々。

またこの時すでに「食」に関する起業をイメージし始めていました。

一方、とても仲の良かった2歳下の弟が病気で他界。

人生感において大きな影響を及ぼすこととなりました。

大学卒業後、多くの経営者と知り合うチャンスを求め、三和銀行に入行。

行内の「優秀外交賞」を連続受賞。

そんな中、1995年12月アメリカで「スペシャリテコーヒー」が人気になっているのを知り、リサーチをはじめることに。

最も素晴らしいと感じたのがシアトルの「タリーズ」。

創業者に日本での営業権についての交渉を粘り強く続けた結果、獲得!

銀行を退社し、7000万の借金を抱えながら1997年に「タリーズコーヒー」をオープンにこぎ着けます。

タリーズジャパンの創業

創業の前年に「スターバックス」が銀座に初オープンし人気を博している最中でしたが、知名度がなく広告費もだせない「タリーズ」は大苦戦…。

毎日店泊する日々。

その頃、「スターバックス」との差別化のため、緑のストローを導入します。

すると、なんと徐々に客足がついてくるようになりました!

また、来てくれた人に積極的に話リピーターを増やし続けました。

結果、オープン4ヶ月目にして黒字転換を果たしました。

その後、「スターバックス」に負けないためにベンチャーキャピタルから出資を受け、飲食専用ではない店舗やビルに「タリーズ」をつくる戦略をとり、3店舗目の三井物産本社ビル1階のお店が大繁盛!

一気に軌道にのります!

オープンから4年後にはナスダック・ジャパンに上場。

順調満帆でしたが、その後のFC展開が失敗、質の低い店舗が増えてしまい、その結果上場から2年半で廃止しました。

その後も日本における商標権の買取もあり借金は膨らみ、さらにとあるベンチャーキャピタルに株を買い増しされ買収寸前に。

その危機をたまたま社長と知り合いだった伊藤園に「ホワイトナイト」として株を取得してもらいそのまま子会社になりました。

その後、1年だけ社長を勤めたあと退社。

その後シンガポールでの外食事業を立ち上げましたが、志半ばで帰国。

しかし、2009年にはハワイの有名パンケーキ店Eggs‘n Things (エッグスンシングス)の世界展開権を取得、原宿にOPEN。

またその最中、2010年7月に「みんなの党」から出馬、参議院議員選挙で当選しました!

フッキ
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飲食と政界を背負う存在に。。

松田公太の資産

少し古めの2011年のデータですが、資産は「4億8645万円」でした。

ただ、この資産公開の仕方はかなり杜撰だと松田氏の指摘もありました。

また、2012年の年収は「5631万」でした。

どちらにせよ資産家であることは間違いありません。

松田公太の家族

松田氏は1度離婚歴があり、その時に生まれた女の子を1人います。

また、現在交際中の女性とも入籍はしていませんが、子供が1人いるそうです。

参議院議員当選後に、強引に週刊誌に取材されたことを理由に、家族関係の詳細をブログにて公開しました。

潔いです。

松田公太の現在

2016年に議員任期満了後、政界を引退。

新たな飲食業の展開の他、自然エネルギーの事業を手掛け、2019年にはクージュー株式会社の代表取締役CEOに就任しました。

また最近のコロナ下において、外食業界の代弁者として家賃減免を求める「支払いモラトリアム法」を提言をしております。

また、「石橋、薪を焚べる」にも出演しました!

外食業界でこんな形で出演できるのは松田氏くらいではないでしょうか?

松田公太のまとめ

今までの輝かしい経歴の築き上げてきた背景として、人種差別だったり、弟の死などの辛い体験が大きく影響しているようです。

また家族や資産のみならず政界での出来事についても、隠し事なく公開する姿を見て、自分に正直な方だと思います。

近況をTwitterつぶやいているので、フォローしてみてはいかがでしょうか?

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チェーン飲食店12年勤務。体力勝負の現場業務ばかりの状況を変えるべく大手飲食企業を退職し、ネット飲食マーケティングに転職。年間で300件以上の飲食店に提案。さらなら高みを目指す。その経験を元に飲食人向けの転職・キャリアアップと、営業術・グルメを紹介してます。